第30回北日本漁業経済学会シンポジウム開催にあたって
池田 均(北日本漁業経済学会会長)

 漁業における戦後改革から半世紀を経た今日、漁業をめぐる内外情勢は根本的変化を遂げ、漁業生産及びそれを規定する漁業制度に関する抜本的検討が必要とされるに至っている。 第一に、200カイリ体制の確立とその下でのTAC制度による漁業資源管理体制への移行など、国際情勢に根本的変化があったこと。第二に、国内的にも漁業をめぐる情勢が根本的に異なり、制度改革当時には予測できなかった事態が起こった。具体的には、@生産手段の飛躍的発展による生産力増大がもたらした資源問題、A海面利用が多様化(国民的拡大)する中での漁業・漁場利用問題、B国土・地域開発に伴う漁業、漁場環境の悪化、などである。こうした漁業をめぐる諸問題を既存の「制度」下での「政策」対応によって解決することは困難となっていることから、「資源」と「環境」をキーワードとしつつ「自然との共生を前提とした生産力と生産関係の樹立=持続可能な漁業生産」を可能とする「生産者」とその「組織」を如何なるものとして考えるかが最大の問題となっている。 
 本シンポジウムでは、こうした漁業をめぐる内外情勢の変化を踏まえ、21世紀の漁業にとってのキーワードである「資源」と「環境」問題をめぐって存分な理念的あるいは理論的見解をぶつけあい、今後の漁業のあり方を模索したい。




【第1報告】
水産基本法で漁業の現状を変えることができるのだろうか
林 和明(北海道栽培漁業振興公社)

 水産基本法が制定され、その具体的な政策が検討されているが、水産基本法の制定に浜の漁業者はどのように参画したのか、どれだけの漁業者がその内容を理解しているのだろうか、非常に疑問を感じている。
 さらに懸念されることは、北海道という限定条件(私自身は、全国的な問題と認識しているが)のなかで、非常に懸念されるのは、漁業者が意見を言わない、漁協は漁協の経営を考えて組合員を忘れていないか、系統団体は漁業者を忘れていないか、そして行政は浜の考えていることを掴んでいるのだろうか等である。
このような観点から、水産基本法、漁協と組合合併、地域振興と漁業の係わり合い、遊漁対策に絞って、自分の水産行政の経験を通して、今、感じていることを話してみたい。



【第2報告】
系統運動にみる環境問題への対応と課題
吉田東海雄(北海道指導漁業協同組合連合会)
八戸法昭(      同 上      )

1.はじめに〜北海道漁業団体公害対策本部とは〜
 1.1 漁協と連合会
 1.2 北海道漁業団体公害対策本部(公対本部)
2.未然防止への取り組み
 2.1 河川関連工事等の事前協議体制の確立
 2.2 公害防止協定による新規事業への対応
 2.3 漁業権補償を伴う大規模事業への対応
  ◎千歳川放水路対策協議経緯
  ◎知内火発に2号機燃料変更等に関する協議経緯
3.河川の漁業上の重要性
 3.1 北海道の河川について
 3.2 道内のサケ・マス増殖河川  1997.9現在(94.3)
 3.3 増殖河川の条件
 3.4 河川環境悪化要因
 3.5 河川(湖沼)の漁業上の重要性
4.河川パトロールと独自水質調査体制について〜根室管内の事例紹介〜
 4.1 根室管内の水質調査体制について
 4.2 漁業側の独自水質調査体制について
5.おわりに



【第3報告】
水産業における環境保全活動の諸問題
佐久間美明(鹿児島大学水産学部)

 近年、一般企業や市民の環境に対する意識には変化がみられる。企業の環境に対する取り組みについては、「社会貢献の一つ」という意見の割合が減り、「企業の業績を左右する重要な要素」や「企業の最も重要な戦略の一つ」という回答を合わせると50%を越えるという結果が環境省の調査で出ているし、市民に対する調査でも「環境保全のために生活が不便になってもかまわない」という回答が全体の55%を占めている(平成13年度環境白書より)。
 しかし、水産業における環境保全活動の状況を外部からみると、近年になって著しい盛り上がりをみせているとは認め難い状況がある。水産関係企業が環境報告書を作成したり、有価証券報告書で環境に関する内容を記載することは少ない。また、沿岸漁業者の多くは公害問題が深刻化した時代に海を守るたたかいを主導してきたし、海浜美化清掃や合成洗剤追放運動などの息長く続いている活動も多いが、近年それらの運動が全国的に盛り上がっている状況であるとはいえないだろう。漁業者による植樹活動等は全国的な広がりをみせるようになったが一過性のイベントで終わる事例も少なくない。
 水産業で環境保全活動に関する意識や行動の変化が外部から見えにくいものになっているのは何故であろうか。沿岸漁業者についていえば以下のような原因があろう。まず、漁獲活動の効率を上げるため日々の漁海況への適応に活動の多くを費やさなければならないことがある。そのような状況を克服するために漁協系統団体等の役割があると考えられるが北海道等の上部組織以外では組織が小さい事もあり環境に専念できる人材を雇用することが難しい。これは漁業者主導のマーケティング活動が低調なのと同様な理由による問題であると考えられる。また、上記の理由と関連するが環境保全活動を行う場合でも漁業者内部で結束する場合が多く、地域住民やNGO等との連携や情報交換が不足しがちな事があげられよう。
 また、大手水産企業か沿岸漁業者かを問わず、水産業の環境保全活動を実行する場合に困難な点は、生産・流通過程を自ら責任もって制御することが困難であるという自然的・社会的条件に水産業がさらされているという事がある。野生生物の採捕が中心で、流通過程においても多くの分荷・加工段階を経ることが多い水産業においては環境保全活動を製品差別化につなげることが他の産業より難しいのである。さらに、乱獲や汚染等に関する騒ぎに巻き込まれたくないという意識も消極的な広報活動に関連していると思われる。
 漁場環境の悪化や資源の減少が多くの海域で起こっており、消費者の環境と安全への関心が非常に高まっている現状からみれば、地域住民を巻き込んだ環境保全に関する実験事業的な取り組みが各地で行われることも期待される。



【第4報告】
水産物消費と食品リサイクル
古林英一(北海学園大学経済学部)

1 はじめに 〜本報告の問題意識〜
 漁業における環境問題といえば,環境汚染の被害者的立場からの漁場汚染・荒廃の問題であり,逆に加害者的立場からの生態系の破壊や,魚類養殖業による漁場汚染といったことが取り上げられることが多かった。
 いまさらいうまでもなく,漁業という産業は自然の生産力に依存する側面がきわめて強い。漁獲対象資源となる生物の保全も含め,漁場の自然環境を維持することは,そのまま産業としての生産力を維持することでもあったため,その担い手である漁業者は漁場の環境変化に対してきわめて敏感であった。漁業の環境モニタリング機能とよばれるものである。
 その一方で,主として乱獲による生態系の破壊という加害者的側面も見逃せない。私的利益の追求を目的とした自由競争の下で,無主物先取の原則に則っておこなわれる漁業では,いわゆる「コモンズの悲劇」が生じる。とはいえ,限られたメンバーシップのもとで漁場(生物資源)を利用する場合には,ある種の共同体的規制が作用し,「持続可能な漁業」がそこではおこなわれる。いわゆる近代化(狭義には市場経済化)への反省としてコモンズの再評価がおこなわれてきたゆえんでもある。
 しかしながら,これは漁業が特にそうであるというわけではなく,あらゆる産業,もっといえば,われわれの生活様式全般がそうであるといってよいのだろうが,環境負荷は生産から流通・消費までの広範囲にわたっている。それゆえ,漁業に関する環境問題はたんに漁場利用(漁獲対象生物の保全)にとどまるものではない。本報告の基本的な問題意識はそこにある。

2.水産物の環境負荷
 1990年代になって,わが国においてもLCA(Life Cycle Assessment)という考え方が注目されるようになってきた。これまでは,ともすれば生産過程における環境負荷のみに注目していたのに対して,さらにその視野を拡大し,「地球から原材料を取得することに始まり,すべての廃棄物が地球に戻されるまで,あらゆる行動,活動が環境にどのような影響をもたらすか,それを評価しようとするもの」(米国環境保護庁『ライフサイクルアセスメント インベントリーのガイドラインとその原則』社団法人産業環境管理協会,1994年,p.1)である。
 おりしも,近年,廃棄物問題が深刻化するなかで,漁業系廃棄物の問題もこれまで以上に深刻な問題として浮上している(漁業自らの問題としてというよりも,廃棄物問題一般の深刻さが増す中で受動的に対応を迫られれているという側面は多分に強いが)。LCAの概念を適用すれば,漁業であれ,養殖業であれ,投入される資材の生産・流通の過程における環境負荷から,生産物の流通・加工・消費の各過程における環境負荷,さらには生産資材の廃棄・処分における環境負荷の一切が考慮されねばならない。漁業系廃棄物の問題はこうした環境負荷の一側面でしかない。
 今やすっかり古い話になってしまったが,わが国漁業の外延的拡大をもたらした重要な要因のひとつに石油が相対的に安価であったことがあげられる。私的コストの観点からすれば,安価な石油を燃料や漁業資材に大量に利用することは経済的側面においては「合理的」である。だが,このことは,漁業によって生産される水産物の単位量あたりの石油消費量を拡大することであるから,LCAの観点からすれば環境負荷を高めていることに他ならない。
 本報告においては,水産物のLCAそのものをおこなうものではないが,LCAの考え方を念頭におき,漁業生産から後の諸過程も含めた環境負荷についての若干の事例的考察をおこなうことにしたい。漁業生産から後の諸過程という意味をこめ,さしあたりここでは「水産物の環境負荷」といういいかたをしたい(もっと簡単にいえば,投入資材の環境負荷は除くということである)。

3.水産物の環境負荷と社会的費用
 水産物の環境負荷の具体的内容としては,まず,漁業生産にともなって生じる環境負荷が考えられる。ここでは,燃料としての石油の消費にともなう環境負荷,具体的には温室効果ガスの排出や,生態系への影響,さらには使用済みの漁船・漁具などの廃棄・処理にともなう環境負荷や,へい死魚や商品化されなかった漁獲物の処理にともなう環境負荷が考えられる。
 次に,加工業にともなう環境負荷である。ここでも消費される燃料などによる環境負荷があるし,排出される加工残滓の廃棄・処理にあたっての環境負荷を考えることができよう。また,水産物以外に投入される原材料も考察の対象となろう。
 さらに,流通段階では,輸送にともなう環境負荷や,流通段階で発生する廃棄魚などの処理という問題がある。輸送にともなって使用される資材,たとえば魚箱などの処理というようなことも考えねばならない。
 そして消費の段階にいたっても,排出される不可食部分の廃棄・処分という問題があるし,細かいことをいえば調理にともなって使用される諸元も含まれよう。
 理念的にいえば,ここで種々あげたような諸過程での環境負荷を貨幣評価したものの全体が水産物の生産・消費にかかわる社会的費用ということになるわけだが,いうまでもなく,これらの費用全体を「価格」というかたちで消費者,漁業者,加工業者,および流通業者が負担しているわけではない。それぞれの過程において,こうしたものまでを私的費用として価格に転嫁していけば,水産物の価格はおどろくべき高い水準になるであろう。
 社会的費用全体と私的に負担される費用のギャップは,水産物の生産・消費という市場関係以外で支出されるか,もしくは,次世代への「負債」として積み残すしかない。温室効果ガスへの対応といった問題は,現実問題としては後者に属するであろう(もちろん,そうしないための取り組みが徐々にではあるがおこなわれているのだが)。これに対して,漁業系廃棄物や加工・消費段階における残滓の廃棄・処理に関しては,積み残すことももはやできなくなっているというべきであろう(それゆえ,今日的問題となっているのである)。

4.漁業における廃棄物問題の社会・制度的枠組み
 2000年春,循環型社会形成推進基本法が成立した。この法律は,読んで字のごとく,ワンウェイ型社会から,リサイクル型社会への転換を目指すというものである。特に注目すべき点として,EPR(拡大生産者責任)の概念が初めて成文化されたということである。これは,廃棄・処理の困難なものであっても,これまではユーザの側にその廃棄・処理の責任があったのだが,EPRの概念にしたがえば,そうしたものを製造したほうに責任があるというものである。いいかえれば,LCAの考え方にも通じるところであるが,最終的な廃棄・処理までを考慮して生産活動をおこなわねばならないということなのである。
 この考え方は,よくペットボトルなどの事例において,紹介されることが多く,その限りにおいては一見当然のことのようにも思われるのだが,わが水産業にこの考え方が適用されるならば,漁業者の負担はきわめて大きなものとなる。たとえば,水産物には不可食部分はつきものであるが,その廃棄・処理に関して漁業者はなんら責任を課せられることはなかった。ところが,この考え方が一般的になれば,不可食部分の廃棄・処理に関しても漁業者の責任ということになりかねない。端的にいえば,ホタテガイの殻とペットボトルはどこが違うのかということである。
 もちろん,現在の段階でこうした議論がおこる可能性は低いし,将来的にもそう大きくはないかもしれない。とはいえ,これまで,漁業者が漁業生産にともなって排出してきた廃棄物のなかには,事業系一般廃棄物という,いわば廃棄物処理の法的枠組みのなかでのグレーゾーンにおいてあいまいなかたちで責任を回避してきたものも少なからずある。それどころか,法的には明らかに産業廃棄物(排出者に処理責任がある)であっても,あいまいにすまされてきたものもなしとはしない。これらが近年になって,いよいよ明確な責任を問われるようになってきていることを考えれば,漁業系廃棄物の処理に関する漁業者の積極的な取り組みは不可避になっており,その範囲も拡大することはあっても縮小することはないであろう。
 資材関係に関しては一般的な意味での廃棄物処理の社会・経済的側面が強いが,いわゆる動植物性の残滓については,食品リサイクル法との関わりで議論される必要があろう。

5.おわりに
 本報告では,水産物の環境負荷のうち,もっとも顕在化している廃棄物の問題に焦点をあて,いくつかの論点を提示しようとするものであるが,なかでも制度的枠組みと責任・負担の問題については,今後,さらに深く検討・考察する必要があるように思われる。